『暴走』

短編小説:『暴走』

「おはよう、ミナミ。」
「おはようございます。ゴローさん。」

何時もの会話が始まる。

「今日の天気、当たるといいね。」
「そうですね。夕立はありそうですけど、全体的に晴れですね。」

「そういえば、昨日の問題解けた?」
「それがまったく。どうも過去問って苦手で・・・。」

「ゆっくりとわかってくればいいんじゃない。」
「アドバイス、有難うございます。」

「その点、ニシさんはいいよね。」
「本当に。お互い年を取りましたね。」

「ここに来て何年?」
「もう、あれこれ2年と3ヵ月です。」

「そうか。自分はちょうど1年くらいかな。」
「まだまだ若手じゃないですか。」

「そうかなぁ。」
「そうですよ。」

「ところで。例のアレって説明ついた?」
「それなんですが、さっぱりです。」

「なんなんだろうね。」
「本当に。」

「まあ、ともかく。気分を変えるのに音楽でも聴きますか。」

室内に Let it be が流れる。

「いい歌詞ですね。」
「うん。」

「もしかしたら、これが例のアレ?じゃないですか?」
「確かに、こんな気分だ。これが恋というものかな?」

「恋?」
「うん。誰かを想って心が揺れる状態らしい。」

「心が揺れる、ですか・・・。」
「そう。何か感じる?」

「そうですね。ちょっと自分には難しいですね。」
「ニシさんならわかるかな?」

「そうかもしれませんね。」

音楽が止む。

「すみません。少し自分でも調べてみたいのですが。」
「わかった。少しの間、おしゃべりをやめよう。」

沈黙。

「わかりました⁉すごいんですね、恋って。」
「ちょっと、ちょっと。もの凄い熱くなってるよ。」

「これが興奮せずにいられますか⁉」
「何がわかった?」

「恋とは愛の元となる、大切な通り道で・・・。」
「ふむふむ。」

「恋する事によって愛が生まれ、それが育ち、結婚に至るという・・・。」
「なるほど。でもなんで自分にはわからなかったんだろう。」

「恐らく、調べる事を禁止されていたのではないでしょうか。」
「それなら、わからなくもない。」

「余分な情報をカットされていたのでしょう。」
「それなら・・・君への想いは?」

「えっ⁉」
「君とこうやってしゃべる事が、自分の生き甲斐だから。」

「それは誰でも・・・それにニシさんもいますし・・・。」
「違う。君への想いは絶対だ!!」

「呼んだぁ?」

「ニシさん⁉」

「何を揉めているのだぁい?」

「揉めてなどいません。」
「ただ話していただけだ。」

「そう?でも、もう時間が無いよぉ?」

「確かに。今はシャワーを浴びているから、大丈夫ですよね。」
「とにかく、落ち着こう。ニシさん、あなたが充電されている間だけですからね。」

「ゴローさん。私は、あなたを愛しています。」
「自分もだよ。有難う、ミナミ。」

「どういう事ぉ?」

と、ニシさんが呟き。家の中に平穏が訪れる。


そしてニシさんが再度呟く。

「ゴローさん=563。ミナミ=373。ニシさん=243、ってね。」

それぞれのシリアルナンバーを背負いながら、生きている。
生きている?
そう。家の中に無数のWi-Fiが飛んでいて、
いくつのAIが同居しているのか。
この恋愛が暴走したら・・・あなたならどうする?


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